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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)1380号 判決 1961年11月16日

判  決

東京都豊島区高田本町一丁目三三六番地

原告

辻義三郎

同所同番地

原告

辻糸

右両名訴訟代理人弁護士

佐藤淳

新野尾善九郎

同都千代田区東神田一六番地

被告

柴田秀信

同都豊島区池袋二丁目九六九番地

被告

水野光子

右両名訴訟代理人弁護士

金沢善一

最後の住所

同都中央区日本橋大伝馬町二丁目一番地

被告

水野正道

右当事者間の昭和三四年(ワ)第九五七号建物収去土地明渡請求事件、同年(ワ)第一三八〇号家屋退去土地明渡請求事件につき次のとおり判決する。

主文

一、被告柴田秀信は原告両名に対し別紙目録第二、第三記載の建物を収去して同目録第一記載の土地を明渡しかつ昭和三三年五月一日以降右土地明渡済に至るまで一カ月金三万〇二五〇円の割合による金員の支払をせよ。

二、水野光子、同水野正道に対する原告両名の請求はこれを棄却する。

三、訴訟費用中原告両名と被告柴田秀信との間に生じた部分は同被告の、原告両名とその他の被告両名との間に生じた部分は原告両名の各負担とする。

四、この判決は原告両名において金三〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一項同旨及び「被告水野光子、同水野正道は各自別紙目録第三記載の建物から退去してその敷地約一〇坪の明渡をせよ。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、請求の原因として

一、別紙目録第一記載の土地はもと原告等の養母辻つるの所有に属し、同人は昭和二二年五月三一日被告柴田秀信に対し、木造建物所有を目的とし期間は昭和四二年五月三一日までと定め転貸を禁止する等の条件をもつて賃貸し、原告等は昭和二八年中辻つるの死亡によりその相続人として右土地の所有権を取得し被告柴田に対する貸借人の地位を承継した。

二、右賃貸借契約成立後同被告が右土地上に建物を築造しないでいる間に昭和二六年三月一九日建築基準法に基く建設省告示第一一九号が発布され本件土地一帯は附火地域に指定されたため本件土地に木造建物を築造することはほとんど不可能となつた。

三、被告柴田は昭和三三年二月一一日東京都中央区役所に対し、本件土地の北西側約二五坪を敷地とする鉄筋及びブロック造、建築面積一四坪一勺五才、床面積四二坪四勺五才の三階建一棟の建築を出願し、同年三月二五日許可を得て直ちにその建築に着手した、(別紙目録第二記載の未完成建物)。

四、右建物の築造は前記賃貸借の目的に違反するものであるから、原告等は同年五月七日到達の書面をもつて被告柴田に対し、右違反行為を中止しかつ土地を原状に復することを催告すると同時に、

(イ)、前記告示により木造建築はほとんど不可能となり、前項のような防火建築をすることは賃貸借契約違反となる以上、右賃貸借契約は無意味に帰するから、事情変更による契約解除権を行使する旨及び、

(ロ)、当時被告柴田は本件土地の東南側約一〇〇坪を訴外清水建設株式会社に無断転貸していたので、賃貸借契約違反及び民法第六一二条違反を理由として賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

五、かりに右解除の意思表示が効力を生じないとしても、被告柴田は前記のように原告等に無断で賢固な建物の建築に着手し、原告等からその中止を請求されたにも拘わらず却つて工事の進行を早めたので、原告は右建築の着工及び進行を被告柴田の著るしい不信行為として同年五月一〇日到達の書面をもつて同被告に対し本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

六、被告柴田は本件土地の上に前記未完成建物を所有する外別紙目録第三記載の建物を所有し、被告水野光子、同水野正道はこれに居住し、その敷地約一〇坪を占有使用している。

七、本件土地の賃料は昭和三三年五月一〇日当時月一カ金三万〇二五〇円である。

八、よつて土地所有権に基き被告柴田に対しては別紙目録第二、第三記載の建物を収去し同第一記載の土地を明渡しかつ昭和三三年五月一日以降右土地明渡ずみまで一カ月金三万〇二五〇円の割合による賃料及び賃料相当の損害金の支払を求め、被告水野両名に対しては各目別紙目録第三記載の建物から退去してその敷地約一〇坪を明渡すことを求める

と陳述した。

被告訴訟代理人は「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、原告主張の事実中一乃至三の事実、四、五の事実中原告主張の書面が到達したこと、六の事実中被告柴田が原告主張の建物を所有していること及び七の事実はいずれもこれを認めるが、

(イ)、清水建設株式会社をして原告主張の範囲の土地を使用させたのは、同会社が隣地に建物を建築する間建築材料置場として一時好意的にこれを許諾したにすぎず、背信的な転貸ではない。

(ロ)、防火地域に指定されたため木造建築が許されなくなつたからといつて、このような事情の変更は賃貸借契約解除の原因となるものではない。

(ハ)、被告柴田は従前の賃借人に一〇六万余円を支払つて借地権を譲受けた上、原告等の先代から本件土地を賃借したのであるが、昭和二四年四月に至り訴外坪田包実からうち三七坪八合七勺につき借地権を有することを理由として提訴されたので、更に同人に五二万五〇〇〇円を支払つて借地権を確保し、自己の営業所として使用するつもりであつたが、営業上の蹉跌があつて建物の築造が延引しているうち、防火地域の指定があつて木造建築が不可能となる一方、原告等からは地代値上の要求を受けたので、本件地上の一部に防火地域に許された小規模の建築をして営業所とし地代値上の要求にも応えんとして本件建築に着手した。然るに原告等から昭和三三年五月七日建築中止の請求を受けたので、被告柴田は直ちに請負人にこれを告げ工事を収束中止させたものである。

以上のとおり、被告柴田は好んで契約に違反したものではなく、木造建築が不可能となつたのでやむなく土地の一隅に僅か一四坪余の小ブロック建築に着手したにすぎず、これによつて借地期間が当然に延長されるものではない。またかりに同被告が木造建物を築造したとすれば、期間満了の際賃貸借は更新されるのであるから、堅固な建物を建築して不当な借地期間を貧る必要もない。更に本件土地附近は繊維類卸問屋等の中心地であつて、木造建築をしたとすれば相当上等の建築をしたであろうことは疑いなく、従つて期間満了時に万一賃貸借が更新されなかつたとしても、原告等は相当高価でこれを買取ることを要し、本件ブロック建物を買取る場合と甲乙ない。従つて原告等は被告柴田の用法違背を理由に今直ちに契約を解除することはできないものというべく、同時にかかる解除は権利の乱用であつて許さるべきことではない

と述べた。

立証として、原告訴訟代理人は、甲第一乃至第五号証、第六、第七号証の各一、二、第八、第九号証を提出し、証人佐藤淳の証言及び原告本人尋問の結果を援用し、乙第一号証の成立は不知、その他の乙号各証の成立は認める、乙第二号証を援用すると述べ、

被告訴訟代理人は、乙第一、第二号証第三号証の一、二、第四号証、第五乃至第八号証の各一、二、第九、第一〇号証を提出し、証人森慶造の証言及び被告柴田秀信、同水野光子の各本人尋問の結果を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

一、被告柴田秀信に対する請求について

原告主張の一乃至三の事実及び四、五の事実中原告主張の書面が同被告に到達したことは当事者間に争がない。

よつてまず防火地域の指定による事情の変更が賃貸借契約の解除原因となるかどうかを判断するに、昭和三年法律第四〇号防火地区内借地権処理法によれば、甲種防火番区内において木造建物所有を目的とする借地権者がある場合に命令に定める建物を築造せんとするときは賃貸人との間に借地条件の変更に関する協議又は調停の調うことを期待し、その協議が調わないときは当事者の申立により裁判所は防火地区内借地委員会の意見を聴き借地条件の変更その他の措置を命ずることができるものとされており、その裁判において適当の条件をもつて借地権の消滅を命じたとき初めて賃貸借は終了することと定められている。従つて同法所定の協議、調停又は借地権消滅の裁判が確定した場合を除き、前記のような事情変更が生じたことだけでは未だもつて賃貸借契約解除の原因となすには不十分であるといわざるを得ない。

次に被告柴田の契約違反を理由とする解除の当否について判断するに、木造建物所有を目的とする借地につき防火地区の指定がなされた場合に、前記法令はこれをもつて賃貸借終了の原因としないと同時に当事者の協議、調停又は裁判によつて借地条件を変更し契約違反を避けつつ借地権を存続せしめる途を拓いているのであつて、このことは反面において借地権者が右手続を経ることなくして堅固な建物を築造することを契約違反として評価することを物語るものというべきである。本件において被告柴田が右手続をふまなかつたことは疑ないところであるから、特段の事情なき限り同被告は故意又は過失によつて本件賃貸借契約に違反したものといわざるを得ない。而して成立に争のない乙第九、第十号証及び証人佐藤淳の証言によれば、本件ブロック建物の工事は原告等から建築中止及び原状回復の請求がなされた後も、原告等の申請に基く仮処分の執行がなされるまでの数日間なお工作物の保全、危険防止、盗難予防等の名の下に続行されていたことを認め得べく、万一当事者間に借地条件変更についての合意が調わず、裁判上の手続に移行した場合に、すでに借地上の建物が存在すると否とが借地権を存続せしめるか又は相当の対価又は補償の支払その他適当な条件を附して借地権を消滅せしめるかの決定に至大の影響をもつこと及び被告柴田がその借地以来右建築に着手するまで一〇年の永きにわたつて借地のほとんど全部を利用していなかつたことを併せ考えると、同被告は原告等との間に前記の協議をする以前に有利な地歩を占めんとしてあえてその建築に着手したことを疑うに十分であり、少なくとも契約違反につき過失の責は免れ得ないものと断ぜざるを得ない。この点に関する限り被告主張の従来の経緯は右判断を左右するものでなくまた被告主張の(ハ)に示された見解は当裁判所の採用し難いところである。

従つて原告等が昭和三三年五月七日被告柴田に対し違反行為の中止と原状復回を請求し、同被告がたやすくこれに応ずる模様のみえないのを知つて同月一〇日賃貸借契約を解除したことはその手続において間然するところがなく適法というべきである。よつて被告柴田は原告所有の土地上に建物を所有することにより何等の権原なくして原告の土地を占有しその所有権を妨害するものというべく、同被告が本件土地上に原告主張の建物二棟を所有すること及び本件土地の賃料が同年五月一日当時一カ月金三万〇二五〇円であつたことは同被告の認めるところであるから、原告等の被告柴田に対する請求は正当である(なお同被告は同年五月一日以降の賃料は原告等が受領を拒絶するので供託したと主張するが、同月一〇日の解除により賃貸借が終了した以上、右提供及び供託は不適法であつて債務消滅の効果を生じない)。

二、被告水野光子に対する請求について

被告本人水野光子尋問の結果によれば、同被告は昭和三四年八月中旬以降原告主張の建物に居住していないことが認められる(同被告は何等の答弁をしていないが、弁論の全趣旨に照し原告主張の事実を争うものと認むべきである)。従つて原告の請求は理由がない。

三、被告水野正道に対する請求について

被告水野正道が別紙目録第三記載の建物に居住しているとの原告等主張事実はこれを認めるに足る証拠がないから、同被告に対する原告等の請求も理由がない。

四、以上のとおり、原告等の被告柴田に対する請求は正当であるからこれを認容し、被告水野両名に対する請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二七部

裁判長裁判官 近 藤 完 爾

裁判官 池 田 正 亮

裁判官斎藤次郎は転任につき署名捺印することができない

裁判長裁判官 近 藤 完 爾

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